大阪府立大学 電気化学研究グループ

研究内容

アンモニアボランからの電解水素生成システムの構築

 アンモニアボランはNH3BH3という構造をもつ分子です。N原子とB原子をそれぞれC原子と交換するとよくご存じのエタン(CH3CH3)になります。構造はよく似ていますが、C-C結合が共有結合であるのに対し、N-B結合はNの孤立電子対がBの空軌道に配位する結合をとるため、例えばエタンの沸点は-89oCであるのに対し、アンモニアボランの沸点は196oCと大きく異なっています。アンモニアボランにはもう一つ大きな特徴があり、それは分子内に3モル分(19.6 質量%)の水素をもつことです。しかもそのうち1モル(約7質量%)分の水素は100oCで放出され、2モル(約13質量%)分の水素は150?C程度で放出されます。金属や合金の中には水素を吸蔵して水素化物を形成するものがあり、水素吸蔵金属あるいは水素吸蔵合金とよばれています。水素吸蔵合金の中にはニッケル−水素電池の負極活物質としてすでに実用化されているものもあります。現存する水素吸蔵合金の中に100 oCで7質量%もの水素を常圧で放出することができるものはありません。現在、最も有望視されているLiBH4などの無機錯体系の水素吸蔵材料でももっと高温にしないと水素を放出することができません。したがって、アンモニアボランはこれまでの水素貯蔵材料に代わる高密度水素貯蔵材料です。

アンモニアボランからの電解水素生成システムの構築
アンモニアボランからの電解水素生成システムの構築
アンモニアボランからの電解水素生成システムの構築
 近年、適切な触媒を用いるとアンモニアボランは加溶媒分解され、室温でも1 molのアンモニアボランから3 mol(つまりすべて)の水素を放出することが報告され、特に加水分解で高速に水素を生成させる触媒の探索が活発に行われています。しかしながら、加水分解ではアンモニアボラン濃度が高くなるとアンモニアが副生し、しかも加水分解生成物であるホウ酸イオンは元のアンモニアボランに戻すのが困難です。これに対して、加メタノール分解(メタノリシス)では脱水素生成物からABの再生も可能であることが知られていることもあり、電気化学研究グループでは注目してきました。そして、比表面積の大きな白金黒や白金ナノ粒子触媒を用いると室温で1 molのアンモニアボランから3 mol(つまりすべて)の水素を放出することを明らかにしました(図1)。電気分解は、通常同じ場所で起こる酸化還元反応を、陰極で還元反応、陽極で酸化反応というふうに別々の場所で行わせることができます。これは電気分解の最大の特徴といえます。例えば、工業電解のひとつである食塩電解では、陰極で苛性ソーダ(および水素)、陽極で塩素が製造されます。また、水の電気分解では陰極から水素、陽極から酸素が生成することはよくご存じのことと思います。しかしながら、水素の製造に電気化学的手法を用いた場合、陽極で生成する酸素は水素と同等の需要がなければ余剰分を廃棄しなければなりません。これは地球環境には悪くないかもしれませんが、経済的にはよくないでしょう。このようなことを防ぐための最も効果的な方法は、陰極からだけでなく陽極からも水素を発生させる(図2)ことだと思いますが、酸化反応で水素を作ることは一見不可能のように思えます。電気化学研究グループでは、アンモニアボランのメタノリシスが酸化的脱水素反応であることに着目し、「それなら電解酸化的にも進行するのではないか?」と考えました。そして実際に試してみましたところ、陰極からだけでなく、陽極でもアンモニアボランの電解酸化によって水素が生成することが明らかになりました(図3)。しかも両極での水素生成の電流効率(与えた電気量のうちどの程度水素生成に利用されたか)が高いこともわかりました。このように両極から水素が生成する電解水素製造プロセスは原理的に可能であることが明らかになりました。ただし、水素生成速度をさらに高くする工夫や脱水素生成物からアンモニアボランの再生法の確立などの課題が残されており、現在、チャレンジしています。さらに、電解に必要な電気エネルギーを再生可能エネルギーから供給して本水素製造プロセスを「低炭素化」することも検討しています。

参考文献
1. H. Inoue, T. Yamazaki, T. Kitamura, M. Shimada, M. Chiku, E. Higuchi, Electrochim. Acta, 82, 392-396 (2012).

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