5.免疫治療のためのナノワクチンシステム

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 免疫治療は、生体がもっている防御機構である免疫を使って、癌などの疾患の治療をしようとするものです。この治療技術が確立すれば、安全性の高い究極の個人対応治療(パーソナル治療)の実現が可能になります。
 免疫には、自然免疫と獲得免疫があります。自然免疫では、マクロファージや好中球などの貪食細胞が、侵入してきた病原体などの異物を食べて排除することで防御します。一方、獲得免疫では、外部から侵入して来る病原体などの異物に対して、これを特異的に認識するためのプロセスを経て、発動する生体防御機構で、高い特異性を持つことが特徴です。また、獲得免疫には、免疫細胞(細胞障害性T細胞)が、感染細胞などを直接攻撃する細胞性免疫と、特異的な抗体で異物を攻撃する液性免疫があります。免疫治療は、がん細胞やウイルス感染細胞などの病態細胞を特異的に認識する免疫を誘導して治療しようとするものです。

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 このような標的に特異的な免疫の誘導は、樹状細胞などの抗原提示細胞が標的細胞を識別するための目印(抗原)を免疫担当細胞に提示することで起こります。抗原提示細胞による抗原の提示では、MHCクラスTおよびMHCクラスUの2種類の分子による提示があります。抗原が、貪食によって抗原提示細胞に取り込まれた場合、細胞内のエンドソーム/リソソームにおいて抗原プロセシングを受けてペプチド断片となり、細胞上のMHCクラスU分子に乗せられて提示されます。MHCクラスU分子上に提示された抗原はヘルパーT細胞に認識され、液性免疫の誘導につながります。
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一方、抗原が抗原提示細胞のサイトゾル中に存在する場合、プロテアソームによる抗原プロセシングを受けてペプチド断片にされ、細胞上のMHCクラスT分子に乗せられて提示されます。MHCクラスT分子上に提示された抗原は、細胞傷害性T細胞を活性化させ、細胞性免疫の誘導につながります。

 ウイルス感染や癌に対する免疫治療において、病態細胞を排除するためには、細胞傷害性T細胞を中心とした細胞性免疫が重要な役割を果たしています。したがって、このような疾患を治療するためには、外来性抗原を抗原提示細胞のサイトゾルに運搬して、MHCクラスT経路の抗原提示により細胞性免疫を誘導する抗原デリバリーシステムの開発が不可欠です。私たちは、細胞内の適切な場所に抗原を送り届けて、効果的に免疫を誘導するナノワクチンシステムについて研究を進めています。  →論文リストへ

最近の論文から


  • 弓場英司,原田敦史, 河野健司, 「免疫治療のためのDDS最前線」, 高分子, 65, 435-440 (2016).
  • E. Yuba, N. Tajima, Y. Yoshizaki, A. Harada, H. Hayashi, K. Kono, "Dextran derivative-based pH-sensitive liposomes for cancer immunotherapy", Biomaterials, 35, 3091-3101 (2014). DOI:10.1016/j.biomaterials.2013.12.024
  • E. Yuba, A. Harada, Y. Sakanishi, S. Watarai, K. Kono, "A liposome-based antigen delivery system using pH-sensitive fusogenic polymers for cancer immunotherapy", Biomaterials, 34, 3042-3052 (2013).
  • 河野健司, 弓場英司, 「高分子の表面修飾による機能性リポソームの設計」, , 36, 183-190 (2011).